咬みつき事故は表沙汰にならない

イヌの咬傷事件は、人が死亡したり、よほど大きなけがを負うようなことがない限りニュースになることはありません。しかし水面下では、頻繁におこっています。

なかでも、飼い主が自分の飼っているイヌに咬まれた場合は、恥ずかしいのでたいてい黙っています。

飼い犬に噛まれないようにするためにもしつけが必要となってきます。しつけの方法は柴犬のしつけが載っているサイトに詳しく載っていたので参考にするといいと思います。

しかし他人に被害が及ぶとそうはいきません。

咬傷事件の多さについては、一つの指標があります。行政書士の有志で構成する動物法務協議会の関西支部には、ペット関連のトラブルについて年間200件ほどの相談が寄せられ、その半数は、イヌの咬みつき事故だということです。

「吠える」や「咬む」は、本能にもとづいた行動といえるのですが、中には説明のつかない行動をとるイヌもいます。

イヌには元来、巣を汚すのを嫌う習性があります。これは本能というべき習性です。野生のイヌも、当然のこととしてトイレは巣の外ですませています。

ところが、この巣を汚すのを嫌う本能に真っ向から「対決する」家庭犬がいるのです。次の事例は、あまりにも笑えない話なので、できることなら伏せておきたいと思うのですが、あえて書きます。

以前私は、パグと日本犬系の雑種の間に生まれたイヌが、自分の使う食器の中に排尿している場面を見たことがあります。子イヌではありません。成大です。巣を汚すのを嫌う本能などどこかに吹っ飛んでいます。近隣の人の話では、そのイヌは毎日そうしているということでした。

幼犬の頃に狭いゲージに閉じ込められた「施設化」の影響かと思いましたが、そうではないようです。なぜならこのイヌは、自家繁殖したイヌで、ペットショップで買ったわけではないからです。

こういうイヌは、きっと遺伝子のどこかがショートしてしまっているのでしょう。パグのような丸い頭骨に関連して、イヌの脳の組成について、最近になって示唆的な研究が発表されています。

人に寄生する野犬たち

イヌの本能行動が変化したのは、品種改良のせいだけではないようです。

2004年と2006年に、私はインドで野犬の調査をしました。また、タイとミャンマーの国境近くのタイ側でも同様の調査をしました。私は、トラをはじめとする野生動物を撮影・研究するので、フィールドーワークにはある程度のスキルを持っています。

とはいっても、野犬の場合の調査手法は、その土地に何泊かしてひたすらイヌたちを観察するという、いたってシンプルなものです。

インドの「野良犬」は、実に巧妙にヒトの近くに棲みつき、食糧を得ています。徘徊しているほとんどのイヌたちは誰かに飼われているわけではありませんでした。

しかし人間の住居のまわりをうろうろし、あるときは路地裏でゴミ箱をあさり、またあるときは人に食物をねだりながら生きていました。

東インド最大のヒンドゥー教の聖地といわれるフリーという都市があります。海に面した中規模都市です。その海岸では、イヌたちがヒトの糞をエサにしていました。

この地域には、早朝に漁師たちがいっせいにビーチでしゃがみ込み、波打ち際を「水洗トイレ」にしてしまう、という伝統があるのです。日本人の一般的な衛生観念からすれば、受け入れがたい奇習に思われるかもしれませんが。

動物行動学者は、このインドの野犬たちの状況を「寄生」という言葉でくくってしまうことでしょう。その通りです。イヌたちは人間に寄生して生きています。しかし少し視点をずらしてみれば、イヌたちは本能を抑え込むことによって人間と巧みに「共生している」という見方もできます。

南インドのケーララ州では、岩場に子イヌを隠しながら育児を続ける母イヌの行動を数日にわたり観察しました。岩の中を覗いてみると、出入口は狭く傾斜も急なのですが、奥のほうには子イヌたちがくつろげるだけのスペースがありました。

この巣穴は、子イヌの安全を確保するための母イヌの閃きの成果ともいうべきものです。探しあてるのは決して容易ではなかったはずです。ここもあたりは海沿いです。昼間は、陸揚げされた小舟の下を巣にし、子イヌたちはときどき出て来て遊びます。

母イヌは、子イヌの目の前で自ら仰向けに寝転がり前脚をたたんで、「服従のポーズ」を教えていました。

インド国内、どこへ行っても、野犬の多くが栄養不足のためか痩せ細っています。疥癬などの皮膚病を患っているイヌも目につきました。都市部のイヌたちには無理ですが、地域によっては自分たちで狩りをすればエサは手に入るはずです。しかしかれらにそんな気力はないのかもしれません。

タイの野犬も、インドと似たりよったりの「寄生生活」をしています。

インドやタイの一部には、「パリア犬」と呼ばれる古いタイプのイエイヌが土着しています。現在も、アジアや北アフリカの一部の地域に、その子孫が見られます。シーボルトが長崎から持ち帰ったイヌの頭骨を調べてみると、パリア犬と酷似していたという記録があることから、19世紀には日本にもいたとされています。野生生活をしていたパリア犬が、食糧を求めてしだいに人の居住区に入り込み、街犬となったようです。

こうしたイヌたちは、ほとんど何の役にもたたない存在です。しかし人に寄り添いながら多くの「野良犬」が生きていけるのは、宗教と無関係ではありません。

インド人の8割以上が信仰するヒンドゥー教では、殺生を禁じています。輪廻転生の発想から、人々の中では、動物と共生していこうとする(あるいは動物がいても特に気にしない)気分が醸成されているようです。また、仏教にも、基本的には動物と共生していこうとする傾向があります。

タイには約3万もの仏教寺院があり、その多くにイヌが寄宿しているのです。

と、ある意味、イヌとして理想的な生活を送っているかに見えるアジアの野犬たちですが、進化生物学的な視点でとらえれば、次のことがいえます。

現在の野生犬やオオカミの暮らしぶりから類推すれば、元来、イヌは捕食本能による狩猟行動をしていたと考えられます。獲物を見つけて、忍び寄り、追いかけ、咬みつき、食べる、という一連の行動パターンです。しかし、アジアの野犬(すべてではないにしても、少なくとも都市部とその近郊にいる個体群)は、この本能を失っているのではないかという印象を受けます。

イエイヌは、家庭犬だけでなく野犬においても、その本能を改変させていくことで、社会的適応を果たしてきた、と私は考えます。そこには、人間の都合や生活スタイルに合わせてイヌ自身が自らの本能を変えたという側面があるのです。

 

危機回避能力が低下したイヌ

動物行動学の父と言われることもあるコンラート・ローレンツは、同じ種の個体間でちがいが見られない行動を「固定的行動パターン」と名付けました。固定的行動パターンは、本能に組みこまれているとされています。しかし私は、この「固定的行動パターン」という概念には、強い抵抗感を持っています。この表現には、「生まれ重視」の考えがあまりにも色濃く反映しているからです。

本能は生まれたときから「ある」とは限らないのです。そしてまた、本能は不変とは限らないのです。

たとえば、ボーダー・コリーが羊を集めるのは、本能だといわれています。しかしその能力は、先天的なものではありません。先輩犬が羊を集めている姿を一度も見たことがないボーダー・コリーは、羊を集めることができない、と報告されています。

従来、一部の人たちは、ボーダー・コリーが羊を集めるのは「先天的」と思い込んでいました。なぜでしょうか? 農場で仕事をするほとんどのボーダー・コリーは、ごく当たり前に、親や先輩の行動を観察する機会に恵まれていたからです。

ここで確認しておきたいのは、次の点です。

イヌの本能は、選択育種によっても消滅させることはできない。ただし、選択育種は、本能行動におけるすさまじい量の差(というより質の差)をもたらしている。

具体例をあげてみましょう。ゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーは、服従性を高くし、攻撃性を低く抑え込む″品種改良″が重ねられてきました。その意味で飼いやすい犬種となり、日本だけでなく欧米では特に根強い人気があります。

しかしこの品種改良は、一部に異常なイヌを生み出しています。おとなしすぎてほとんど反応を示さなかったり、きわめて注意力の散漫なイヌがいるのです。

以前私は、ある犬のふれあい施設で、雌のゴールデン・レトリーバーが、発進した車の夕イヤに脚をひかれた場面を見たことがあります。運転していた人が急ブレーキをかけたので大事には至りませんでしたが、皮膚の一部がすりむけて鮮血が滲んでいました。

「ふつうなら、エンジンをかけて発進すれば、飛びのくのに」とその人は驚いていました。

イヌは車から4メートルほど離れたところで、寝そべっていたのですが、タイヤの圧力が自分の脚にかかり始めて(あるいは、かかり始める間際になって)、ようやく逃げ出したのです。眠っていたわけではありません。明らかに車が動き出すことをわかっていました。

このイヌは危機回避能力が低下しているのです。年齢を確認してみると、20ヵ月齢くらいということでした。人間に換算すれば、20歳くらいに相当します。

近年さらに問題なのは、以前はほとんど報告されていなかった、「てんかん」による攻撃行動を示すゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーが報告されていることです。品種改良をし、血縁の近いものどうしの交配を重ねたことで、「道を踏み外した犬」がつくり出されていると思われます。

 

日本独自の犬の問題

日本独自の犬の問題があります。

たとえば、ダックスフンドは虚弱体質のイヌが多いという噂があります。これには乱繁殖の影響があるのではないかという噂もあります。噂だけではありません。確かに、この犬種の原産国であるドイツのダックスフンドとは、明らかに体格がちがいます。同じミニチュア・ダックスフントでも、日本のダックスフンドは骨量と筋肉があまりにもない、という印象を受けます。

どうしてこのようなちがいが出るのでしょうか?

これにはケネルクラブの姿勢が大きくかかわっています。組織的には、JKCに相当するVDH(ドイツ家庭犬協会)には、「繁殖に用いられる雌犬は最低月齢12ヵ月以上であり、最高年齢を8歳とする。最後の出産日は8歳の誕生日を過ぎてはならない。出産の頻度は24ヵ月以内に2回以上であってはならない」という取り決めがあります。違反すれば、高額な罰金を科せられます。つまり、ドイツでは、犬種にかかわらず、母イヌの健康を考慮して、生涯のうちで3~4回の繁殖にとどめているということです。

日本のある獣医師は、椎間板ヘルニアのダックスが多すぎると嘆いています。ダックスフンドは、″軟骨形成不全種″ともいわれ、椎間板が変性しやすいとされています。3歳以降になると、前ぶれもなく、ある日突然、症状が出ることがあり、ひどい場合では下半身が動かなくなるということです。

ゴールデンやラブラドールなどレトリーバーやジャーマン・シェパードに多く見られる股関節形成不全(CHD)も深刻だ、という話はずっと前からされています。

イヌの股関節形成不全(以下、「CHD」と表記する)は、1935年に初めて報告され、血統による発病頻度がはっきりしていることから、遺伝性の疾患と見なされています。不安定な内股歩行をする。階段の登り降りをきらう。腰をゆらしての″モンローウォーク″。これらはCHDの症状です。症状がすすめば、歩行困難になったり、食欲不振やうつ状態になったりします。痛いからです。

原因については、急速な成長をする大型犬の発生率が高いことから、骨格の発育がそれを支える筋肉の発育よりも早いためではないか、と指摘されています。

この疾患は、「先天的疾患」ではありません。正常な股関節をもって生まれても、発病することがあるのです。また、CHDでない両親から生まれても、CHDになる個体もいます。

なぜでしょうか? これには「生まれ」と共に、「育ち」が関与しています。有力視されている説が、生後1年以内の栄養過剰です。急速な成長に伴う体重の増加によって誘発されるというのです。

こんな報告があります。CHDの遺伝的リスクをもった子イヌを高カロリー食で育てた場合、ふつうの食餌で育てた場合に比べて、深刻な形成不全の症状があらわれた。一方、低カロリー食を食べた子イヌは、発生率も低く、症状も軽かった。

日本のレトリーバーの場合、2001年の疫学調査で、ペットとして飼育されているラブラドール・レトリバーの約45%に発症しているとされ、繁殖が管理されている盲導犬でも24%に発症レベルの障害がある、という実態が明るみに出ました。

イギリス、ドイツ、スイス、スウェーデンなどヨーロッパの主要国では、1970年代までにCHDの検査・登録システムができあかっています。たとえば、スウェーデンでは公開登録制が実施され、1992年の時点で、ラブラドールーレトリバーの場合、16年前の罹患率25%が14%にまで減少したということです。

アメリカでは1990年に、動物遺伝性疾患管理協会(GDC)が設立され、情報提供が進んだものの、検査は義務化されませんでした。このため89年から93年頃にかけてアメリカから日本へ輸入された、ドッグショ厂のチャンピオン犬の中には、CHDの検査をしていないイヌがかなりいたという指摘があります。そうだとすれば、日本国内で繁殖に使われたアメリカのチャンピオン犬によって形成不全が遺伝的に複製されたのではないか、という懸念は現実味を帯びた話です。

日本の現状はどうなっているのでしょうか?

個々にはレントゲン検査を依頼する事例はありましたが、制度としてのCHD対策は講じられていませんでした。2003年になってようやく獣医師たちが、日本動物遺伝病ネットワークを立ち上げ、データベース化や情報提供へ向けて歩み出しました。日本盲導犬協会では、2002年から全頭検査を行ない、その結果をふまえて交配にとりくんだため、盲導犬については罹患率が大きく下がってきた、と報告されています。しかし、繁殖犬には有効な対策が講じられていません。そのため、今日、レトリーバーの70~80%がCHDではないか、という声があります。

現在、ドイツ、スウェーデン、アメリカなどのケネルクラブが発行する血統書には、CHDの診断結果が記されています。日本でも一刻も早く、繁殖犬への検査・登録システムをつくりあげるべきです。CHDの診断結果について、血統書への記載を義務付けることは、罹患率を減少させていく″保険”になることでしょう。

しかし、ここでも問われるのは、ブリーダーの知識とモラルです。CHDのような遺伝子の影響を受ける疾患に関しては、リスクのある個体を繁殖から除くべきです。そうすれば家庭犬の罹患率は、確実に減少するはずです。CHDはレントゲン検査によって、明らかになります。イヌを購入するなら、両親の検査状況をチェックする。最低限これは、必要なことではないでしょうか。